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2012
01.31

だまされてはいけない

1月29日(日) 
福島民報のコラム「日曜論壇」に
この「うらかいちゃ見聞録」7月21日にもご紹介した
福島県立博物館館長、赤坂憲雄さんからの
こんなメッセージが掲載された


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minpo-2.jpg
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少しでも多くの人に
否、出来れば日本全国の人たちに
今、読んでもらいたい一文である

もう だまされてはいけない
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コメント
 初めまして、ぜっとんです。

 7ヶ月近く遅れてこの記事を見つけました。思う所があるのでコメントさせてください。

 私は、お金というツールはとても解りやすいですが、扱いがとても難しいものだと思います。
 本来お金というものは割いた時間に対して価値を評価し、その報酬を意味するものです。
100働いたら100貰うのが正当です。そして手に入れたお金は他の人の行動に対して個人の主観から評価して支払われます。

 でも、この評価というものは得てして曖昧です。人間は自分以外の者、物を正当に評価することが出来ないからです。正当な評価が無ければお金の存在は歪みます。その歪みがこのようなことにつながってしまうのだと思います。

 この解決策としては、一度破綻させるしかないと思います。物々交換の時代に戻り、お金が意味をなくしたときに、初めてお金に対しての正当な評価が出来ると思います。時間がたてば、また繰り返すと思いますが。そのサイクルを繰り返すことで、人間は初めてお金を扱えるようになるんではないかな、とも思います。

 震災に逢われた方々は、お金の価値が存在しなくなった時間を過ごされたと思います。或いはまだ過ごしているかも知れません。その時、彼らが何を感じたのかを知ることはとても大切なことだと思います。ただ、知ったところで体験したのとはわけが違います。だから幸運にも震災の被害を免れた人々はそれを記憶して残す必要があります。そうして歴史を創っていけば、もしかしたら何かが変わるかもしれません。

 人間は相対評価を好むと思います。そして生き物だから欲があります。だから隣の芝が碧く見えがちです。でも、その芝は本当に自分に必要なものなのかどうか、よく考えることが大事だと思います。そうすれば、どこかにお金が偏るようなことは少なくなるのではないでしょうか。

 今、地球に住む人間はバランスを取ろうとしているのだと思います。その結果がどうなるかはわかりませんが、時間さえあれば地球にとって最も優れた形に収める事が出来ると思います。人間にはそれを行うことが出来る力があると思います。それが大きな脳みそを持たされたことの義務だと感じます。
 そのときに、私たちはもういないとおもいますが、基礎工事は私たちの仕事だと勝手に思っています。


 具体的なヴィジョンについては難しいですね。所謂復興産業は復興すれば需要がなくなります。そのときに地元も含めて不景気になってしまう危険があります。嘗てダム工事で賑わった温泉街のように。
 今回震災が起きたのは東北であるということを考えると、最も適しているのは第一次産業では無いかと思います。出来れば地産地消形が望ましいと思います。第一次産業は一定の需要が確保されていますしね。
 後は生産者側だけではなく、消費者も協力することが必要だと思います。安い外国産も良いですが、地元でどういう食べ物が作られているのかを見て、買うことも必要だと思います。
 現実問題難しいかも知れませんが、農家の人が直接売る方が消費者も協力しやすいかとおもいます。顔が見えて、生産者と消費者が直接お話できれば信頼関係も築けます。産地偽装などの問題も起きにくいです。
 第一次産業の形態はともあれ、政府には第一次産業をもっとバックアップしてほしいところです。


 ベラベラと偉そうな事を書いてしまいましたが、私もお金を正しく扱えていません。贅沢もしています。解っていても、中々抜けられない。改めて、馬鹿だと思います。


 乱文長文失礼いたしました。良かったらまたコメントさせてください。
ぜっとんdot 2012.08.19 00:01 | 編集
ぜっとんさんのご意見、私も共感いたします。
悪いのは「お金」ではなく、「お金」という道具を使う人間の心のありようかと思います。
そしてその「人間の心のありよう」が、ここまで歪んでしまった今、僕も
この人間世界のシステムごと「一度破綻させるしかない」と思っています。
振り出しに戻って、この星に生かされる「ヒト」たるものの与えられた役割を
与えられた大きなノーミソをフルに働かせて考え直すべきだと思っています。

それと同時に大切なのが、ぜっとんさんのように
「人間の弱さを認める事、馬鹿な生き物であるという事にちゃんと気づく事」
なのではないのでしょうか。
それが人間に与えられた大きなノーミソの本意なのではないのでしょうか。
それが人間の真のプライドなのではないのでしょうか。

…と、僕もつい偉そうな事を言ってしまいますが、
僕なんぞは、ぜっとんさんよりもはるかに業の塊り人間です。
そんなどうしようもない大馬鹿モノの独り言ですが
どうぞ今後もお付き合いのほど、よろしくお願いします。
また是非コメントをお願いいたします。
Haokahdot 2012.08.20 14:38 | 編集
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