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2013
07.19

高橋の虫送り

Category: 雑感
7月19日(金)

僕の住む地区では毎年、土用の入り前夜に「虫送り」という行事が行われる。
「虫送り」とは稲などにつく病害虫を追い払うための儀礼で、
古人は虫害を悪霊の仕業と考え、
農薬などの防除法をもたない時代、日本各地の農村で盛んに行われたらしいが
農家や農村の暮らしの変化に伴い、この風習も風前の灯のようだ。

ここ会津地方では会津美里町の尾岐地区ほか、
わずかに三島町・金山町・昭和村で伝承され、
福島県の重要無形民俗文化財に指定されている。

僕の住む尾岐地区では、地区を分けるように南北に流れる河川
「宮川」を挟む二つの地区で、それぞれ形式の違う大きな虫籠を作り
その中に虫の霊を移した藁人形などの形代(かたしろ)を祭り、松明を灯し、
子供らを行列の主体に、鉦(かね)や太鼓ではやしながらそれぞれの地区の耕地を巡る。

20130719.jpg
◆農村の少子高齢化は深刻。残念ながら僕の集落の虫籠は軽ラックに乗せられて集落を巡る。◆
う~ん。なんだかなぁ(-_-;)

やがて両者は東西から宮川にかかる「高橋」で合流し
東西の寺院住職の虫供養が行われた後
橋の上から宮川に青萱や藤蔓・アジサイなどの草花で飾られた
人が上に乗れるほどの大きな虫籠を川に流す。

20130719 (1)
◆橋の中央に集う東西二つの虫籠◆

20130719 (2)

◆これはホウの葉で囲われた西側の集落、冑、小山の虫籠。
アイヌのチセのように見える。そして土着信仰の匂いがする。◆
20130719 (3)

◆こちらは東側の集落、尾岐の虫籠。繊細な作りだ。

20130719 (5)

◆夕景の里山。川を渡る風がとても気持ちいい◆



20130719 (4)




20130719 (6)

◆暗くなり始めた橋の上に二人の住職の読経がひくく響く◆



20130719 (7)

◆川のほとりには子供らが作った燈篭が並んでいる◆

20130719 (8)

◆暗くて分かりづらいが、虫籠が川に投げられた瞬間◆
この虫送り。歴史をひも解くと、
一般的には、保元・平治の乱の頃(平安時代)の武将、
斎藤実盛の霊を弔うために始まった…とか、
享保の飢饉によるもの…とか、の説明がなされているのだが
調べてみると、どうも「鬼」との関わりが見え隠れする。

「鬼」とは古代の権力に祭ろわぬ民を指す差別用語だ。
東北では蝦夷などがそれにあたる。
また、祭ろいながらも政治に対し不平不満をこぼす者たちも
そう呼ばれたに違いない。

討伐され、滅ぼされた鬼たちの無念の魂や、
やはり権力者により何もかも搾取され
怨念を抱えたまま土葬された土民たちの魂が
練り歩く灯明や囃子につられ、虫籠の後を追う。
そして鬼たちの荒ぶる魂は黄泉の国との接点となる川端に集められ
祟りを恐れる権力側の神官に祀られ、そして川に捨てられる。

これが「虫送り」の本来の意味のような気がしてならない。

そしてもうひとつ。
この行事に参列して思うのがアミニズムとの関わりだ。

百姓の業(ごう)としての「殺生」。
権力者に上納するために、そして家族の生命を支えるために、
精魂を込めて稲を植え、一粒でも多くの米を得るため、殺さざるを得なかった
数え切れぬ、小さな生命への懺悔。
そして神が宿る自然界の森羅万象への願いと感謝の気持ち。
それもまた、「虫送り」の本意のような気がしてならない。

いずれにせよ、
蝦夷地の入り口
会津の地に残された、
このわずかな灯明を
絶対に絶やしてはならない。

わたしたちの本当の歴史を
決して忘れないために。
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