
オキナグサ (5/6撮影)
国際自然保護連合や環境省のレッドリストで絶滅危惧種と判断され、
中でも特に絶滅の危険性が高い絶滅危惧Ⅱ類(VU/ 危急種)と位置付けられているオキナグサ。
この貴重な植物が、我が家の近くに群生する。
今年もまたその秘密の場所で
紅のビロードのような花を開き始めた。
我々人類も生きる事の出来る この水の惑星は
40数億年という長い歴史の中で
多様な環境を育み、3,000万種ともいわれる多様な生きものを生み落とした。
産み落とされた生命は、ひとつひとつに個性があり、
全て直接に、或いは間接的に支えあい生きている。
我々人類も、その「支えあい」の恩恵にあずかり
生かされてきた。
しかし現在、その恩恵を与えてくれる生物達が
自然状態の約100~1,000倍ものスピードで
絶滅の危機に瀕している。
主な要因は、我々人間の、自分勝手な振る舞いに他ならない。
「最後の木が切られ、最後の河が毒に犯され、最後の魚が釣り上げられ、
その後になって、ようやく気づくだろう。お金は食べられない、とね。」
(北米先住民クリー族の格言)
我々人類がレッドリスト絶滅危惧II類(VU)
に指定されるのも間近かもしれない
否、最早すでに…。
自業自得…。
ああ、それにつけても我コトながら
今日のblogも、なんだか 暗いなあ…。
脚下照顧…かぁ。
※2011現在、日本では3,000種以上、
世界では1万8,000種以上の野生生物の絶滅が危惧されています。
「雪が積もる地方はそれが解けた後のエネルギーがすごいですよね
北海道もすごくて
春には置いてけぼりを喰いそうになるんですよ」
前回のブログのコメントに
北海道のyuukoさんからいただいた この素敵な表現の通り
今年の会津の春の里山は とても忙しなく姿を変えている。
その季節の変化を記録しようと
仕事の合間を縫っては愛機となったD70sを抱え
家の周辺や周辺の里地里山を徘徊するが
追いつかない。
正に春に置いてけぼりを喰いそうになっている。
諸行無常… 也。
ヒトリシズカ
クロモジ
ニリンソウ
フッキソウ
ハマダイコン
モミジイチゴ
ムラサキケマン
トキワイカリソウ
ウグイスカグラ
スモモ◆以上、4/29~5/1に撮影◆
ところで
今日の福島民報のトップに
こんな記事が

これも諸行無常…??
それとも万物流転… ??
いやいや、これは「因果応報」…也
去る4月11日
昨年の9月から始めた新しい仕事を辞めた。
県の助成による委託事業で3月31日に契約が終了した事と
震災と原発事故の煽りを喰らってダメになった
和太鼓の皮張りの仕事が戻ってきた事が主な理由。
4月11日までは その仕事の後始末や引き継ぎを行い
任を果たした後、14日から16日にかけて
我が心のふるさと「佐渡」へ7年ぶりに帰郷して来た。
4月15日に島のいたるところで行われる地の祭り
「鬼太鼓」が目当てだったが
春の佐渡の自然観察や
福島の良き友であり写真の師でもある
akiekoronさんを誘っての撮影旅行の目的もあった。
そして久々のMyブログ。
その佐渡での体験記を書こうと思ったのだが
いやぁ、1~2回ではとても書ききれたものではない。
んにゃ、きっと2~3ケ月毎日書いても書ききれない。
そして個人的な思い入れが強すぎて
読んで頂くにはあまりにも手前勝手過ぎるコトがたくさんある。
と、そんなこんなで書き倦んでいたら
絶妙のタイミングでakiekoronさんが珍道中をブログにまとめてくれた。
ありがとーね。
というワケで佐渡のお話しは、よろしければこちらを是非…※
まったり日和という訳で、会津に戻ってからは以前の生活が戻ってきた。
それにつけても、会津のこの春のエネジーはスゴイ。
つい先週まで家の周りに残っていた雪は跡かたも無く消えて
家の周りでは「待っていました」とばかりに
野の花々が一斉に咲き誇っている。
足元の草たちも日を追うごとに
否、時間を追うごとに その艶やかな緑を濃くしている。
【2012春・我が家の周辺】part-1
4月17日
■アズマイチゲ / 昨年よりも開花が2週間ほど遅かった
■やっと雪の融けた庭に顔を出したフクジュソウ
■カタクリ
■キバナノアマナ
■カキドオシ
■フッキソウ
■フクジュソウの群生
■エゾエンゴサク
■つくしん坊と春の小川
さて、佐渡へ「帰郷して来た」と書いたが
以前もブログにご紹介させていただいたように
僕のホントの故郷は神奈川だ
でも、僅か11年暮らしただけの佐渡が
今も恋しくて仕方がない。
その佐渡と同じく11年を迎えた会津も好きだ
でも、僕にはどうしても、どうしても
佐渡が故郷だと思えて仕方がないのだ。
4月16日夕
新潟港へと向かうフェリーの甲板から
佐渡の島影を深い藍に浮かび上がらせて
日本海へと沈んで行く
真っ赤な夕陽を拝んだ。
避難者の方々の故郷を恋うる気持ちが
少しだけ分かった気がした。
昨日3月3日
以前にもご紹介をした福島県立博物館館長
赤坂憲雄さんをコーデュネーターとする
このようなシンポジウムに出向いた

前半の講演で心が揺すぶられたのは
「福島原発行動隊」理事長、山田恭暉さんのお話し。
行動隊の存在は当初からメディアでも取り上げられていたので知っていた
「被爆の影響を受けやすい若者が現場処理に当たるのはナンセンス。
被爆の影響を受けてもあまり問題の無い60代以上の元現場経験者が処理にあたればいい。
それが当たり前の事だ」
という思いから昨年4月に発足した、退職エンジニアたちのボランティア組織である
しかし、その当たり前の行動がまだ生かせずにいる。
この機に及んで旧態依然としたこの国のシステムが
山田さんたちの行動に歯止めをかけている
そして、彼ら電設、土木、鉄鋼など各分野の元技術者や作業員
といったプロによる視察から推測する第一原発の現状とは…
・いつ壊れてもおかしくない突貫工事による場当たり的処理施設
・場当たり配管によってダダ漏する汚染水
・処理の知識や解決策を何も知らぬ科学者たち
・東電のプロジェクトマネージメントの超脆弱性
・そしてメルトダウンで溶け落ちた燃料の状態…
それは予想を超え、超がつくほど恐ろしいものだった
…まだ「フクシマ」は始まったばかりである
◆行動隊の詳細は 福島原発行動隊HP
「福島原発行動隊の基本的立場について」